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2007/08/04

アジア杯総括、もしくはオシムジャパンの一年

そろそろ気分が落ち着いてきたので、アジア杯サッカーの感想など書いてみる。

引きこもる相手に攻めあぐねた挙句、終了間際にFKから同点に追いつかれて1-1に終わったカタール戦。

必勝を期して挑み前半だけで3-0にしたものの、後半10人になった相手に速攻から失点したUAE戦。

完全アウェイの中でオウンゴールで先制されても慌てず、力強く加点して4-1で快勝できたベトナム戦。

失点した直後に取り返したが、10人になって相手が引き始めると決めきれずPK勝利のオーストラリア戦。

常に後手に回る展開で、最後は速攻からドリブルを防ぎきれず2-3で敗退したサウジアラビア戦。

序盤から攻め手を欠き、10人になっても数的有利を生かせないボール回しでPK敗退の韓国戦。

カタール戦こそ攻めあぐね感はあったが、UAE戦、ベトナム戦とチームの勢いは増していった。オーストラリア戦でチームの目指す攻撃の形は結実した。効果的なパスワークで相手の守備を切り崩し、幾度と無くチャンスを作っていた。ただ、ただ、ゴールを奪えなかった。それでも、この良い形が続けていけたら、アジア杯3連覇の可能性は十二分にあった…はずだった。

日程的に有利だったはずのサウジ相手に走り負け、韓国に気迫負け。相手の守備をあれほど切り裂いたパスワークは人の動きが止まることで切れ味を無くし、逆にパスミスを奪われサイドチェンジを読まれ逆襲を食らった。守備にリスクを抱えて人数を攻撃に割いているのに、多い人数で後ろでパスを回し、それを奪われる悪循環。『連動性』というのは『逃げのパス回し』のことじゃなく『攻めのパスワーク』だというのに。

アジア杯4位という結果をもって「オシム監督じゃダメだ」とは思わない。誰かが責任を取るべきだという声がいろんなところから出ているが、今はジーコ前監督が放置して荒れ放題になった日本サッカーという大地を再び耕し始めたばかり。奇跡的に結果を出していたジーコ時代だが、監督時代は何もしちゃいなかった。一年を費やしたオシム監督が示す『サッカーの日本化』の息吹は確かに感じられた。結果こそついてこなかったが、オーストラリア戦というこれからの日本サッカーの指針となるべき試合ができたじゃないか。

あとは選手が入れ替わってもあのレベルを維持し、ゴールを奪うこと…そう、点を獲らなければ試合には勝てない。シュートの決定力欠如はもう日本サッカー界全体のテーマ。相手が引きこもると何もできなくなり、上手く崩せてもシュートまで行けず、シュートが打てても枠に飛ばない。無理矢理なミドルはホームランになり、相手GKに冷や汗をかかせるようなものはほとんど見られなかった。ベトナム戦、オーストラリア戦では相手を何度も崩してチャンスを生み出せていたのだから、あとは最後の一押しなのだ。

次の日本代表の本番はもう年明けまで無い。親善試合もそれまで数回あるのみだ。あとは、アジア杯に出た、テレビで見た選手達が所属チームで自らを磨いていくしかない。例えそれまでにオシム監督が更迭されたとしても、目指すサッカーは変わらないはずだから。

2007/07/22

2006ドイツワールドカップ、ようやく終了。

あの日、埼玉スタジアムで負った心の痛みを、どう説明すればいいだろう。ドイツワールドカップ2006、一次リーグ初戦の相手はオーストラリア。ある意味自滅のような展開で、残り数分で逆転されての大惨敗。クロアチアに引分け、ブラジルに負け、ワールドカップ敗退が決定してからも、どこか心がモヤモヤしていた。

「まだ信じられない…っ!」「何故豪州に勝てなかった…っ!」「こんなもんじゃないはずだ…っ!」

そんな気持ちを抱えたまま一年。始まったオシムジャパン初のガチ試合、大会3連覇のかかったアジア杯。親善試合で垣間見えていたオシムサッカーが試される時。初戦カタール戦では引きまくる相手DFに手を焼き1-1、二戦目UAE戦では勝利が必要な試合で3-1できっちり勝ち、三戦目ベトナム戦では完全アウェイの中で良いサッカーを展開して4-1。試合を重ねるごとにチームは成長していった。欧州組合流時に感じていた違和感は既に影を潜め、それなりに融合を見せてくれていた。

結果、一次リーグを首位で突破。決勝トーナメント初戦の相手は…オーストラリア! 実力を発揮できていたら一次リーグを同じく首位で突破して、日本と戦うのは決勝の舞台になるはずだった相手である。どちらかが決勝までにコケていたら、その機会が失われるところであった。『あの日』から1年ちょいで、トラウマを払拭する機会を得られたのは幸運と言っていい。

オーストラリアはメインの選手はワールドカップ当時とさほど変わっていなかった。その相手に良い試合ができれば、勝敗関係なく変な意識は払拭できるだろう。オーストラリアに『日本恐るべし』を印象付けるためにも、内容で勝てていればなおOK。マスコミはリベンジを煽り、ファンもそれを期待した。選手も意識しないわけがない。そして決戦の幕が開いた。

オーストラリアは当時と同じく守備に攻撃に強かった。しかし、日本はそれを上回るサッカーを展開できていた。マークが外れて先制点こそ取られたものの、即座に高原のゴールで同点に追いつけたことでチームが生き返った。試合全体で相手の守備を崩してチャンスを多く作れた。ディフェンスは最後まで集中できていた。一次リーグを通じて見えてきていたチームとしての成長がはっきりした。

だが、課題も反省点もまだまだある。先制点はマークさえ出来ていたら防げた失点だし、チャンスこそ多いが相変わらず得点につながらない。退場で数的優位になるも、相手が引分け狙いで引いてしまうとそれを感じさせてくれない。結果としては延長戦でも勝ち越しゴールを奪えず、1-1で終了。PK戦で神川口が再び降臨して勝利したものの、そこだけは残念だったな。

それでも、勝った。あのオーストラリアに試合内容で勝利したと言っていい内容で。勝ちきれなかったことを差し引いても、トラウマを払拭するのに十分な内容だった。ようやく『あの試合』の終了の笛が、心の中で大きく鳴り響いた気がした。俺のドイツワールドカップ2006が、一年以上のロスタイムを必要としたものの、やっと終わった瞬間だった。

天王山を制し、アジア杯3連覇まであと2試合。けして楽観はできないけれど、今回のような試合ができれば十分な勝機はあるはずだ。オーストラリア戦勝利の上で勝ち取るアジア杯の価値は、計り知れないほど高くなるはずだ。

2007/03/28

プレイの差、意識の差

070324

キリンチャレンジカップ2007『日本代表対ペルー代表』の一戦が、3/24(土)に日産スタジアムで行われたので観戦してきましたよ。…はい、朝はチケット争奪戦、夜はサッカー観戦。いやぁハードハード。12~17時はゴロ寝できる漫喫で昼寝してたけど、これが無かったら体力がもたなかったかもしれない。

週末に行われる日本代表戦自体が最近珍しい上に、オシムジャパン初の欧州組召集ということもあり、スタジアムは60000人を越える大観衆で埋まった。一区画にちゃんとペルー応援団も元気に応援してくれている。しかし…その熱気を奪い去る冷たい風がスタジアムを吹き荒れる。寒い。カレー(¥500なのに同じ値段のディファカレーより格段に不味い)のフタが、あけた途端に吹き飛ばされていった。ついに試合終了までマフラーと手袋が手放せなかった。

試合のほうは欧州組の高原直泰、中村俊輔の活躍、長らく低迷していた巻の得意のヘッドでの得点で2-0の快勝…なのだが、正直なところ満足いく内容だったとは言いがたい。いつものオシムジャパンであったら行くところで行けず、横や後ろでパス回し。効果的なサイドチェンジもあったし良い展開も無かったわけではないけれど、中村俊の存在(積極的に基点として使っていこうというチームの姿勢)がブレーキをかけていたように見える。

正直、選手が入れ替わってからのほうが展開がスピーディになったように感じられた。チームとしての方向性がある程度定まった中での初召集だからジーコジャパン時代との差が如実に現れた。そういう意味では数試合を経ての初召集は成功だったのではないか。

今回は、欧州で結果を出してる高原と中村俊を、去年オシムイズムを浸透させてきたチームに投入してみての初のテストケース。今回新しいチームでプレイして感じたことを欧州で忘れなければ、次回の合流時にはさらなる融合が進むだろう。その時こそ、今回感じた違和感を払拭する動きを見せてくれる…といいなぁw。

2007/02/14

さらば、ジーコジャパン

先日の録画データ集積専用USB接続HDDのフォーマット事件により、あまりのトラウマに見る気が失せていた2006年ドイツワールドカップの日本戦3試合+様々な試合+総集編の録画も、全て失われていたことに、今更ながらに気がつきましたorz。そろそろ見返そうと思っていただけに…残念。

結果もわかっている。内容がアレなのもわかっている。けれどもなぁ…まぁいいか。せっかくの機会だから日本戦くらいDVD買うたるかな。最後の御奉公だと思って。日本の第一期黄金時代の結実だもんな!(遠くを涙目で見つめながら)

2006/06/24

ジーコジャパンの残したもの

ジーコ自身が自分で言っていたが、結局オーストラリア戦での大逆転負けが全てだったわけで。クロアチア戦での引分けもブラジル戦の敗戦も想定の範囲内だった以上、内容も結果も痛すぎた。まぁ最大の戦犯はジーコ本人なわけだが、ジーコの視界に日本サッカーが届いていなかったことの証明でもあった。

ブラジルと相対して、ジーコがやりたかったサッカーというのはこれなんだなというのが良くわかった。バックボーンとして戦術じゃなく相互理解があって、互いが互いを信じられるから、勇気をもって攻め込める。そのためにチームをいじることをよしとしなかったのだろうし。

ただ、それは歴史として『自分達のサッカー』が共通認識として浸透しているブラジルだから可能なのであって、日本にはまだ早い『大人のサッカー』だった、ということなんだろう。何年かかるかはわからないが、日本が日本のサッカーを本当の意味で掴んだ時こそ、ジーコの思想が生きるはず。

チームに対する思想はあったジーコだが、チームをマネージメントする力は最後まで養われなかった。プレイする選手が求めているものを感じる能力を、初監督であるこの4年間で身につけられなかった。オーストラリア戦のあの辛い時間帯で、それは最悪の形で露見した。

結局、ジーコの理想は未熟な日本サッカーにはまだ早く、日本サッカーは未熟なジーコの監督能力では支えきれなかった、ということなんだろう。日本サッカーの土壌を耕せる能力を持った監督が、まだ日本には必要だった。

そういう意味では、あの時期のトルシエという監督は正しい選択だったと思う。あとは、戦術という名の添え木で固めなくてもしっかり立てるように、日本サッカーを育てられるだけの手腕を持った監督にバトンが渡されていたなら、今回の結果は違っていたはずだ。上積みが無いままで自由に枝を広げた結果としてバランスを失い、少しでも上手くいかなくなると攻撃も守備もおぼつかなくなってしまうのが、ジーコジャパンの到達したチームだった。

相手も辛い時に動けた時には、日本も相手を切り崩せるのだ。事切れぬスタミナと、走りこむスピード。確実なパスワークとトラップ。簡単に当たり負けないボールキープ力。枠に飛ばせるシュート力w。今のサッカーに上積みすべき要素は多いけど、それができなければ、さらに厳しくなるアジア枠を勝ち抜くことは難しい。早々に決まるだろう新監督には、日本のサッカーを『育てられる』人物を期待したい。

日本対ブラジルPV/その3

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…奇跡の扉は重たく、冷たかった。先制点のあとも防戦一方。ロスタイムに眠れる怪物ロナウドを起こす同点シュートを決められると、後半はいいようにいたぶられ続ける展開で3失点。いつの間にかクロアチアも同点に追いつかれており、ここに日本の戦いは終った。今大会のブラジルの初失点という小さい爪痕だけを残して、日本はグループF最下位に終った。

試合の途中で完全に夜は明け、前半を失意の同点で折り返しても応援の熱を失わなかったスタジアムも、ブラジルの圧倒的な破壊力に、次第に言葉を失い、3点目を取られたところで座り込み始め、4点目を再びロナウドに決められたところで…事切れた。応援を続ける者もいたが、すでに空元気を通り越した声だけになり、静かに試合終了を迎えた。

最後にZZは出てこないものの『サムライブルー』を流す粋なはからいで、PVは幕を閉じた。みんなしてヤケクソ気味に舞い、歌う。この無力さを、悔しさを、無念さを、2010年まで忘れないために。『この歌が、聞こえるか!?』届かせろ、南アフリカまで。

帰り道、祭りのあと。帰りの電車の中で携帯メールが立て続けに3通。何事かと思ったら、どーも日テレのインタビューが『ズームイン朝』で流れたらしい_| ̄|○。会社でも2人からニヤニヤされてしまった。どうか使いまわされませんように。

日本対ブラジルPV/その2

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「奇跡ってね、そんな簡単に起こるものではないのよ」「そんな事言う人、嫌いです」(未プレイw)

そんなことはわかってる。でも、もうダメだというところから這い上がってきた。可能性があるなら、そこを目指していくしかない。相手がブラジルだからとか、そんなことは関係ない。勝つべき時は勝つ。マイアミがそうであったように、ドルトムントがその舞台でないと、誰が言い切れる。それを信じる。キックオフ。

…しかし現実は無情だ。試合を支配され、ボールを回される。ブラジルは積極的に攻勢に出ようとしているわけじゃない。ボールを持たせてくれているのに、反撃に入ろうとしても攻め込めない。勝負を仕掛けなければならないのは日本なのに、あてもなくボールを回すうちにミスで簡単に奪い返される。反撃を恐れず勇気を持って攻め込まなければ、奇跡の扉は開かれないというのに。

前半34分。体勢を崩しながらブラジル選手の狭い空間を左サイドのサントスに通した、稲本の魂のパス。ブラジルDFの最終ラインの裏に走りこむ玉田に出された、サントスの絶妙のスルーパス。それを受けた玉田の、今大会3試合目にして、ようやく出た思い切りの良いゴール前でのシュート。奇跡の扉をノックする先取点!

その時のスタジアムは、確かに2002年W杯のベルギー戦、鈴木の同点ゴールの時と同じ爆発に包まれた。この感覚をもう一度味わいたくてPVに通っていたんだ! その時点でクロアチアもオーストラリアをリード。後は2点目を取るだけで奇跡の扉は開かれる。決定的な場面も何とか抑えられている。行ける。行ってくれ! 頼む!

日本対ブラジルPV/その1

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埼玉スタジアムへ三度向かう。コレが最後にならないように祈りつつ、PSPにつっこんだ『サムライブルー』を無限ループで流してテンションを上げていく。24時を回ったところで浦和美園駅到着。改札を抜けたところでヘッドフォンを外していると、「日本テレビですが」とマイクを向けられた。

「明日は?」「いや、普通に仕事です」「どうされるんですか?」「徹夜明けで行きますよ、しょーがないです」「このお姿(日本代表ユニ)で?」「いやいや、流石に着替えます」「日本代表にメッセージを」「何とか頑張って…ドルトムントの奇跡を見せて欲しいです」「ありがとうございました」 …という感じ。大した受け答えもしてなかったんで使われないだろうと思っていたんだけど…。

電車の中から思っていたのだが、明らかに今までより人が多い。日時的な条件としてはこれまで以上に悪いのにこの動員は、この絶望的なシチュエーション故か。ブラジル相手に二点差以上での勝利。今の日本代表の状態を思えば高すぎる壁。でも、もしもそこに手が届く奇跡が起こるなら、その瞬間をスタジアムで共有したい。騒ぎたいだけの奴も確かにいるが、それだけじゃここまでの動員にはならない。

南スタンドのゴール裏モニター正面に場所をキープして着席。ほっと一息…眠い。クロアチア戦の時は昼まで寝た上での徹夜だったけど、今回は普通に起きて仕事をこなしてから。試合開始まであと3時間半、さらにそこから仕事。…今更ながら不安になってくるw。モニターではW杯の試合を流してくれているので、焼きそばを食いつつ(これは美味であった)過ごす。心配された雨は大丈夫そうだ。

1時間前になってようやくイベント開始。DJの日本代表MIXは相変わらずコールの練習相手にしかされず。『島歌』は無かったが、いつもの『サムライブルー』は、今回やっと生歌w。カラオケだったけどね。この歌はホント良い。あんだけ心配された雨が降らなかったことも奇跡の序章。さぁ、決戦だ!

2006/06/22

しょうがないなぁ!

せっかく諦めかけてたのに、どうして雨がやむかなぁ!ヽ(`Д´)ノ

最終電車はまだ先なんだよ…_| ̄|○。

●籠原
|  23:05発
|    JR高崎線(普通)58分
|  0:03着
○赤羽
|  0:03発
|    徒歩9分
|  0:12着
○赤羽岩淵
|  0:13発
|    埼玉高速鉄道(普通)21分
| △0:34着
■浦和美園

朝も何とかなっちゃいそうなんだよ…_| ̄|○

●浦和美園
|  6:25発
|    埼玉高速鉄道(普通)3分
| △6:28着
○東川口
|  6:38発
|    JR武蔵野線(普通)8分
|  6:46着
○南浦和
|  6:50発
|    JR京浜東北線(普通)2分
|  6:52着
○浦和
|  6:56発
|    JR高崎線(普通)1時間0分
|  7:56着
■籠原

わかったよ! 行きゃあいいんだろ、行きゃあ!! どーせ早寝したくても寝られずに、家にいたって徹夜なんだ。同じだ同じ! 見届けてきてやるぜ!

日本対クロアチア戦PV

Ca310018

試合については書いたし、柳沢も一生消えない傷を心に負ったと思うのでw、それ以外のことを。試合終了後のスタンドは、前回ほどのお通夜っぷりはなく、思ったより活気があった。負けなかったというのが大きいのだろうが、座り込むにしても「もうダメだ_| ̄|○」じゃなくて「あー疲れた(;´Д`)」という感じ。すぐ帰路につく人もいたし。

俺は俺で「これでキツくなったなぁ」とは思っても、そんなに暗くはならなかったな。まだ日は沈まぬ。まだワールドカップの舞台で戦えるんだ、という気持ちの方が大きかった。そんなだったから、前回は気がつかなかったことにも気がついた。『サムライブルー』を今回も披露したZZ、てめーら口パクじゃねーかコノヤロウ! ちょっと感動しちゃった俺のピュアな気持ちを返せw。

今回はブラジル対オーストラリアが見たかったので、そのまま埼玉スタジアムで夜を明かすことを決め、とりあえず夜食を調達…と思ったけど、何やら売切れまくりでロクなもんがない。妙な色のカレーライスが売れ残っていたので食ってみたら『酢豚ライス』でやんの('A`)。

暇だったので観戦していた南スタンドから北スタンドまで歩いてったら、北スタンドの方が売店が充実してるし、色んなものがまだ売っている。聞くと、別に反対側のスタンドのことまでは知らんらしい。せっかくなのでカップラーメンをすすりながら北スタンドで最後まで観戦。フランス対<丶`∀´>の前半途中で帰路に。写真は出発直前の埼玉スタジアム。空がずいぶん明るくなっていた。

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