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2007年8月の投稿

2007/08/29

夏休み

ちょっと期間が開いてしまった。いかんな、取り戻していこう。

今年の夏休みは8/11~19。本来であれば仲間内で海に出かけたりするところなのだが、12日に実家に帰ることを選択して、今年はリタイヤ。それならばと、せっかくなので実家に帰る前に初めてワンダーフェスティバルに出かけてみた。お目当ては『リキッドストーン』のフル可動フィギュア『スバル・ナカジマ』と『ヴィータ』。あまりに出来がいいのでガレキ未経験でも欲しくなってしまう。

始発で出かけて7時くらいに到着。…正直ナメてました。えっらい行列&強い日差しでクラクラしながら10時17分には到着したものの、既に売り切れ宣言。考えたら当たり前なんだけど、コミケの同人誌に比べたら搬入数が少ないのは当然のことで、それを考えたら確実に欲しかったら『それなりの努力』が必要ってことなんだよね。久々のイベントでの大惨敗に大いに凹みまくりつつ実家へ向かう。

…のはあまりにも悔しいのでw、漫画喫茶で3時間ほど仮眠をとってから『仮面ライダー電王』の映画を鑑賞。これまでと違ってテレビ版と完全連動なので、ストーリー的には目新しいものは無かったものの綺麗にまとまった良い映画でしたわ。面白かった。『ゲキレンジャー』はテレビ版を1秒も観てないけど…観ないでよかった。何なのだ、あの劣化版デカレッドは。インリン様しか見所が無かったw。

12~15日は実家でごろごろ。外にも出なかった。俺がいない間に熊谷では日中の気温が40℃を越えたりしていて、実家から戻ったら部屋がオーブントースターのようになっていた。16日は神宮外苑花火大会。干支で周回遅れにしてしまうくらい年の差のある女性とのお出かけ。そのまま徹夜でカラオケ…転じてプロレス談義。それはそれで幸せな時間w。

17日はコミケ初日。徹カラからの流れて来たのはいいけれど、眠いわ炎天下だわで倒れる寸前。実際に何人も倒れてスタッフに迷惑をかけていた。ああならなくてホントに良かった。気をつけねば…とか思った舌の根も乾かないうちに、三日目の19日も眠れずに徹夜で参戦。チケットを貰ったサークルの手伝いもあったのに、あまりに気持ち悪くて11時には早退させてもらってしまった。申し訳ないことをした。

♪ともだ~ちよこれが私の~一週間のぉ夏休みぃ~テュリャ(ry

2007/08/09

小橋建太 対 サモア・ジョー @NY

Samoa Joe vs Kenta Kobashi ROH

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アメリカでの小橋の崇拝されっぷりが痛快。

2007/08/04

アジア杯総括、もしくはオシムジャパンの一年

そろそろ気分が落ち着いてきたので、アジア杯サッカーの感想など書いてみる。

引きこもる相手に攻めあぐねた挙句、終了間際にFKから同点に追いつかれて1-1に終わったカタール戦。

必勝を期して挑み前半だけで3-0にしたものの、後半10人になった相手に速攻から失点したUAE戦。

完全アウェイの中でオウンゴールで先制されても慌てず、力強く加点して4-1で快勝できたベトナム戦。

失点した直後に取り返したが、10人になって相手が引き始めると決めきれずPK勝利のオーストラリア戦。

常に後手に回る展開で、最後は速攻からドリブルを防ぎきれず2-3で敗退したサウジアラビア戦。

序盤から攻め手を欠き、10人になっても数的有利を生かせないボール回しでPK敗退の韓国戦。

カタール戦こそ攻めあぐね感はあったが、UAE戦、ベトナム戦とチームの勢いは増していった。オーストラリア戦でチームの目指す攻撃の形は結実した。効果的なパスワークで相手の守備を切り崩し、幾度と無くチャンスを作っていた。ただ、ただ、ゴールを奪えなかった。それでも、この良い形が続けていけたら、アジア杯3連覇の可能性は十二分にあった…はずだった。

日程的に有利だったはずのサウジ相手に走り負け、韓国に気迫負け。相手の守備をあれほど切り裂いたパスワークは人の動きが止まることで切れ味を無くし、逆にパスミスを奪われサイドチェンジを読まれ逆襲を食らった。守備にリスクを抱えて人数を攻撃に割いているのに、多い人数で後ろでパスを回し、それを奪われる悪循環。『連動性』というのは『逃げのパス回し』のことじゃなく『攻めのパスワーク』だというのに。

アジア杯4位という結果をもって「オシム監督じゃダメだ」とは思わない。誰かが責任を取るべきだという声がいろんなところから出ているが、今はジーコ前監督が放置して荒れ放題になった日本サッカーという大地を再び耕し始めたばかり。奇跡的に結果を出していたジーコ時代だが、監督時代は何もしちゃいなかった。一年を費やしたオシム監督が示す『サッカーの日本化』の息吹は確かに感じられた。結果こそついてこなかったが、オーストラリア戦というこれからの日本サッカーの指針となるべき試合ができたじゃないか。

あとは選手が入れ替わってもあのレベルを維持し、ゴールを奪うこと…そう、点を獲らなければ試合には勝てない。シュートの決定力欠如はもう日本サッカー界全体のテーマ。相手が引きこもると何もできなくなり、上手く崩せてもシュートまで行けず、シュートが打てても枠に飛ばない。無理矢理なミドルはホームランになり、相手GKに冷や汗をかかせるようなものはほとんど見られなかった。ベトナム戦、オーストラリア戦では相手を何度も崩してチャンスを生み出せていたのだから、あとは最後の一押しなのだ。

次の日本代表の本番はもう年明けまで無い。親善試合もそれまで数回あるのみだ。あとは、アジア杯に出た、テレビで見た選手達が所属チームで自らを磨いていくしかない。例えそれまでにオシム監督が更迭されたとしても、目指すサッカーは変わらないはずだから。

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